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なかなか見つからない真実

2014.09.12 (Fri)
歴史書を読むと謎の人物伝に惹かれることがあります。

江戸時代の浮世絵師、東洲斎写楽。

果して写楽とは何者か?

いろんな説があり、そのなかで興味深い研究書がある。

田中英道著「写楽は北斎である」。

その決め手は類似する描法と北斎の謎の数年間に一致する…

このネタで小説を書くとすれば次のような書き出しで始めたい。


転居には慣れたり。
凄まじきは三日目にして次に転ず。是(こ)れ、根が苛ちの由縁ありや。気性に合わねば
即ち引越しす。慣れにしは其(そ)の要領、絵具一式と寝具のみを詰め込むなり。絵具は
春朗にありて糧の礎にして常に持ちまわるなり。かくして寛政四年の早春、埃立つ天神
明町から朝露の音弾く八丁堀の裏通りに引っ越しす。
勝川春朗の名、世に知られし役者絵師なり。其は昔の勇姿にて、今在るは勝川派を破
門させられし無名の絵師にてあれり。其の経緯、此(こ)の八丁堀の長屋にて知る者なし。

注: 勝川春朗こそのちの葛飾北斎であり、姿を隠した時期に東洲斎写楽として役者絵を
描き続けたのである。

(創作ノート・その2)






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