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新開地のゴッホ(1)

2014.09.30 (Tue)

昭和の匂いが漂うレトロな小説。

ひとりの酔いどれ画家が新開地の片隅でせっせと絵筆を握ります。

連載を本日から開始します。



(第一回)


 「ベルサイユのばら」が爆発的にヒットしつつあった。
 そんな頃である。ひとりの乞食画家が神戸・新開地の奥まった路地にひっそりと軒を連ねたぼろアパートの四畳半一間の部屋で相変わらず焼酎片手にせっせと粗末なダンボールの片くれに執拗な色彩の絵筆を走らせていた。描く絵は決まってアジ三匹だった。所々に積み重ねられた拾い物のがらくたの陰から小さなゴキブリが荒んだ畳の上を這い擦り廻っていたが本人の眼は一心に切り取られたダンボールの面に注がれる。
 これがアントワネットの心じゃけん。このうねりがアントワネットの叫びじゃけん…乞食画家の口元がしきりにぼそぼそと動いている。黒色のチューブをひねり出しながら黙々と筆を運び、四十センチ四方のダンボール紙片はみるみる仄かな漆黒の色合いのなかに次第にそれはぼんやりと輝くように息づいた世界が描かれていく。
 昔彼も宝塚歌劇とは関係があった。舞台の背景画を描いていた頃である。諍いが多かった。色や線について彼の描こうとしている眼の創意と会社側の商業的な美感に隔たりがあった。当時、洋画界で名を馳せていた須磨の松下画塾で絵を描くことに専念したのち師匠である松下の紹介で宝塚の仕事に就いたもののやはり人に使われて絵を描くのは嫌だった。まだ若かったせいもあったかもしれない。しかし生来、審美の追求には異常なほど強烈な個性を持ち合わせていただけに演出側の意向と折り合いがつかない場面もあった。彼にとって舞台の背景画は何かが物足りなかった。単に言われるがままの商業美術に打ち込む自分の姿に常にどこか虚像を見るようでそれは時々我慢できなかった。松下もそんな彼をよくもてあました。三十年以上も前のことだった。


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